オーストラリア政界の不倫スキャンダル
今年の2月に、オーストラリアの副首相バーナビー・ジョイス氏が元側近との不倫が原因で辞任しました。
先日、ジョイス氏は不倫相手の女性と一緒にテレビのインタビュー番組に出演。”tell-all”つまり「すべてを話します」というインタビューで15万ドルが報酬として支払われたそうです。
ちなみに、インタビューの中でふたりは、このお金はふたりの間に生まれた赤ちゃんのための信託基金になると主張しており、その理由を聞かれた女性は「みんながこの赤ちゃんをネタにしてお金を儲けているのだもの。彼自身にとって得になることをしたかった」と答えていました。
ジョイス氏には配偶者との間に4人の娘さんがいます。そうした状況で、このようなインタビューが行われたことに対して、多くの視聴者から批判の声があがりました。
また心理学者やセラピストなどの専門家からも、メディアに大々的に取り上げられる形で不倫の背景や、ふたりの間に生まれた子どもと一緒の動画を見せられることは、彼の配偶者や娘さんたちに大きな心理的なダメージを与えるという指摘がされています。
”Fall in Love”という言葉のマジック
オーストラリア人の友人が送ってくれた記事では、オーストラリアの著名な心理学者のスティーブ・ビダルフ氏がこの件について考察していました。
”We need to teach our children that you can choose who you love” と題された記事で、彼は「言葉の選択は重要です。恋に「落ちる」(”Fall” in love)という言い方には、酔っぱらった状態で暗いところを歩いていてひょっと転んでしまうようなニュアンスがある」という表現により、この言葉のニュアンスのために人は「愛することは意思をもった選択ではなく、自分の身に起こってしまうもの」と勘違いをするのではと指摘しています。
続けて「人を愛するという行為は時間とともに育まれるもの。両目をきちんと開けて、勇気をもってその関係に踏み出し、相手が自分の求める資質をもっているのかどうか、ゆっくりと着実に証拠を集めることが必要」と語っています。
そして、おとぎ話で、プリンセスが隣国のプリンスに一目ぼれして恋に落ちてしまうというストーリーを引き合いに出し、「相手が実際には弱い者いじめをする暴力者か、ナルシシストか、信頼するに足りない人かどうかもわからないのに、バックグラウンドチェックもせずに”恋に落ちる”のは危険」とも書かれていました。(「アナと雪の女王」はまさにこのパターンでした…)
3つの”L”
スティーブ・ビダルフは、彼の著書”Making of Love”にも書かれていた「3つのL – Liking, Lust, Love」を紹介しています。”Lust”は欲望で、3つのLのなかではこれだけが瞬間的に、あるいは短時間で発生するもの。ほかのふたつのLは、時間をかけてさまざまな状況で相手を観察ことによって育まれるものです。
3つのLがちょうどバランスよくミックスされた関係はとても素晴らしいが、もしLustが主な理由でその相手といたいのであれば、それはLoveとは言えない。この違いを見極められるように、子どもたちに教えなければいけない、と記事は結ばれています。
人を愛することは自由かもしれない。でも・・
私も、人を好きになる・愛するというのは自分の意志に基づいた選択だと考えています。このスキャンダルの主役のふたりも、ある時点で「この人をもっと知ろう」という選択をし、その結果「この人を愛している」と思う状況をつくりだしました。
恋も愛も自由ではないか?と言われればそれには反対しません。
ただ、すべてのアクションにはその結果引き起こされるconsequenceがついてきます。この場合で言えば、彼は副首相としての立場がありつつ、不倫という選択をしました。分別を持った大人であれば、世間的には受け入れられにくい不倫という状況を公的な立場である彼が選ぶことが、キャリアにとって何を意味するのかはわかっていたはずです。
夫婦のこと、家族のことは他人にはわからないものだと思うので「家族に与える影響」については判断を差し控えるとしても、スキャンダルの結果、副首相の仕事を失ったことについては仕方がないのではという気がします。
また、インタビューでは「誰も傷つけるつもりはなかった」と発言すると同時に、”It was all worth it”(それだけの価値があった)という言葉も。全国放送のテレビ番組でそんな発言をすることが、彼の家族をどれほど苦しめるかに想像が及ばないのはとても残念だと感じました。