結婚という呪縛

結婚する必然性

世の中に「結婚」という仕組みがなかったら、全体的にみて今よりも苦しむ人は減るのかな?と思うことがあります。

長期的にパートナーとお付き合いをしていて、相手との間で結婚に対する考え方が違い、そのために別れてしまうというケースを目にするたびに、もしふたりの間での「結婚」を巡る対立がそもそも存在しないのであれば、ふたりはまだ仲良く一緒にいるのではないか、と思うのです。

結婚するための活動をする「婚活」においては、結婚する気持ちがない相手と一緒にいるのは時間の無駄と考えるのが一般的でしょう。

私が結婚した理由

私はどちらかというと結婚願望はあまりない方でした。

夫婦別姓へのこだわりもありましたし、婚姻届を出す意義を感じていなかったので、ライフ・パートナーとしてのコミットメントがあれば「正式に結婚」しなくても・・と言う考え方でいたのですが、たまたま相手が外国人だったため婚姻届を出すことになりました。

そうでないと合法的にアメリカに滞在することが難しかったからです。

国際結婚の場合は、どちらかが自分の国ではないところにいるケースがほとんどでしょう。そして、その場合は自分の国ではないところに長期的にとどまるために、何らかの滞在ステータスが必要になり、結婚はそれを実現する手っ取り早い方法なのです。

私が今までに受けたご相談のなかでも、パートナーに頼らずに自力で滞在ビザを取得した日本人女性と、アメリカ人男性が、結婚するべきなのかどうかと悩んでいる、というものがありました。

もし彼女に滞在ビザがなければ、「結婚しなければ一緒に居られない」という状況が生まれ、その時点での選択を迫られることになります。

逆に、そのようなきっかけや外的な要因がまったくない場合で、長い間つきあっていて、お互いにコミットメントがあると認識している場合には、結婚する必然性はそれほどないのかもしれません。

「子どもが欲しい」

結婚したところで、アメリカにおいては50%以上の確率で離婚に終わるという現実がありますし、日本でも3割は離婚という結末になります。結婚したからってそれで安心というわけではありません。

でも、長く付き合っているのに「結婚」という話にならない場合、結婚願望が強い方にとっては、やはり(一時的なものかもしれなくても)結婚によってもたらされるものを手に入れたいという気持ちは理解できます。

また、日本の場合は特に「子どもが欲しいから、社会的に認められているカタチである結婚をしておきたい」という理由もあるでしょう。

私の友人の間では事実婚をしているカップルで子どもを育てている人たちもいますし、彼らは社会的には「結婚している」とみなされているので、特に不都合を感じることもないようです。ある友人からは、保育園などの場で両親の苗字が違うということで少し怪訝な顔をされたことがある、と聞いたことがありますが、大勢に影響はないという受け止め方のようでした。

子どものことを考慮に入れないのであれば、結婚する・しないという話がきっかけで関係が終わってしまうのはもったいないなぁという気もします。パートナーシップという観点から言えば、結婚していてもまったく「チーム」という感じではない夫婦もいますし、結婚していなくても、これ以上にないほどの深い結びつきのあるカップルもいるからです。

限りある人生が終わるときに「少なくとも結婚はしたわ」と言いたいのか、「素晴らしいパートナーに恵まれて幸せだった」と言いたいのか。どちらかしか選べないとしたら、私は後者がいいな、と思います。

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