Super Soul Sunday
私がたまに聴いているポッドキャスト番組のひとつに、Super Soul Sundayがあります。
アメリカでは知らない人はいないというほどの有名人、オプラ・ウィンフリーという女性が、各界のさまざまなエキスパートにインタビューをするという番組で、今朝はBrene Brownがゲストの回を聴いていました。
こちらのページから再生できます。
動画バージョンはこちらです。
ゆるすために必要なこと
Brene Brownは、2012年にポートランドで彼女の講演を聞いて以来のファンです。
彼女の本はほぼすべて読んでいますし、本をテーマにしたオンラインコースも参加しました。
このポッドキャスト番組の内容も、彼女のワークをずっとフォローしている人にとってはだいたい一度は耳にしたことがあるものだと思いますが、それでも実践はとても難しいため、たまにリマインダーとして聞いています。
今回特にはっとさせられたのはこの部分。
“In order for forgiveness to really happen, something has to die.”
(本当の意味で人をゆるすためには、何かが死ななければならない)
例えば、パートナーの浮気を例にとってみます。
この先も、同じパートナーとの関係を続けていくためには、ある時点では相手をゆるさなければやっていけません。
でも、そのためには何かが死ななければならない - つまり、何かが失われた、ということを受入れて、それに対する深い悲しみを感じなければならないのです。
パートナーの浮気を「もういいよ」とゆるすとき、そこで失われるものとは、例えば「相手がこんな人だった」と信じていたことや、それまでのふたりのパートナーシップのあり方などです。今まで、強い基盤に立っていると信じていた関係がもはや存在しないということを受け入れ、それについての grief、つまり深い悲しみを感じることが必要だ・・・という意味です。
浮気を「乗り越える」とは
そう考えてみると、パートナーの浮気をゆるすとは(そもそも簡単なことではないですが)、一筋縄ではいかないことのように思えてきます。
一般的に考えれば、パートナーに浮気をされた方に「ゆるす・ゆるさない」の選択肢があるのでしょうが、ゆるすとはどういうことでしょうか。「反省していて、もうしないと誓うならゆるす」というのは、この文脈で言われているものとは少し違うような気がします。
それは「ミステイクをおかしたことを認めて、改心しますと約束するから」ゆるすという条件付きのもので、いわば取引きとも言えます。
でも、本当の意味でのゆるしが起こるためには、実は「自分が信じていたあの人はもういない」ということを真の意味で受け入れる必要があるのではないでしょうか。ある意味、あきらめるということもできます。
そもそも存在していなかったかもしれないし、信じていた自分が間違っていた、と思うかもしれない。でも、ある時期には信じていた、あの関係は今はもうなくなった - このことを受け止めることなしに、新たな出発はあり得ないのではないかという気がしてきます。
だから本当の意味でのゆるしはそんなに簡単なものではないのかもしれません。深い悲しみを好んで感じたい人はそんなにはいないでしょうから。
自分に対して「悪いこと」をした相手を、ずっとゆるさないでいることにもエネルギーが要りますが、自分の感情と向き合うことなしには、そこから本当の意味で解放されることもないのだと思います。