鴻上さんの人生相談・帰国子女編(続き)
先日こちらの記事に書いた、帰国子女の悩みに対する鴻上さんの回答には、多くの反響があったようです。
Facebookの友達でも、数人が自分自身の体験とともに記事をシェアしていました。中には「これ(日本の同調圧力)が、私が日本に帰れない理由かな」と書いている人も。
この「帰れない」という言葉について、鴻上さんだったら「いや、帰れないのではなくて帰らないのです」と言いそう…という気がします。記事にあった彼の大事なアドバイスのひとつは、「負けたのではなく、主体的にこの道を選んでいるのだ」というとらえ方をする、ということだったからです。
「帰れない」というと「帰りたくても帰れない」というニュアンスになり、どこか不本意な気持ちがにじみ出ます。もちろんそういった残念な気持ちを持つことは必ずしもマイナスではないのですが、「プラスとマイナスをてんびんにかけた結果、こちらの方が自分にとって良い道だから、帰らない」という方が、自分の選択としてとらえることができるのではないでしょうか。
鴻上さんの人生相談・結婚編
この記事をきっかけにして彼のほかの相談も読んでみました。その名も「鴻上尚史が答える、結婚の意味 『夫婦の基本感情は”不機嫌”です」というタイトルで、こちらも面白かったです。
今回の相談者は「結婚の意味がわからない」という悩みを抱えていました。だんなさんとは日々ぶつかりあいながらも妥協点をみつけて良い関係を築こうという工夫をされている。でも、こんなにも違う人間がともに暮らす意味ってなんだろうと日々考えてしまうのだそうです。
鴻上さんはこれに対して「この意味はなんだろう?と問いかけるということは、何かの意味があるはずだ、と思っているから。そういうテーマで悩んでいる相談者は、「結婚人生の思春期」に突入している、と指摘します。思春期は悩む時期なのです。そして続くこちらの一節。
「一緒にいていちばん楽しい相手と結婚できていれば悩む必要のない話です」と書かれてますが、そんな夫婦を僕はもうそろそろ60年ぐらい生きることになりますが、周りで見たことはありません。長く共にいる夫婦の基本感情は「不機嫌」です。わはははは。
これには、ちょうど夏休みが終わり、比較的濃い時間を家族と一緒に過ごした人は共感できる人も多いのではないかと感じました。
長く結婚生活を続けていてうまくいっている夫婦は、お互いに一人の時間を確保している人が多い、と鴻上さんは続けています。
「ずっと一緒にいなければならない」と思うから気が滅入るし、接触が多いとぶつかりあう機会も増えるので、ポジティブな感情よりネガティブな感情が支配する時間が勝ってしまう。努力して会う時間を減らすことで、関係をフレッシュなものにする結婚の知恵だ・・・と指摘しています。
理想の結婚を手に入れるプラン
相談者は子どもたちが手を離れたら、週に1・2日だけ会うような結婚生活が理想だと言っています。
これに対して、鴻上さんは「まだ子どもたちが小さいので、そこまで長い時間、耐えられるかという問題のほかに、パートナーも賛成してくれるかどうかは未知数」と指摘しています。
さらに、
結婚が長くなると、夫は妻の家政婦的側面を手放したくなくなりますから、ちゃんとその時期までに、夫を少なくとも料理と洗濯の面で自立させることが必要でしょう。
といった実用的なアドバイスも。
結婚人生の思春期を生き抜く知恵は、「何年かあとには理想の結婚を実現させる」というとりあえずの結論を出す。それで心おだやかに暮らせるようならばそれが正解。もしそれでたちゆかなくなったらまた考えればよい、と結んでいます。
私のところにもときどき「このまま結婚していてよいものか」という趣旨のご相談がやってきます。そんなとき、究極的には結婚に何を求めるか?ということではないかなぁと私は思っていますし、実際にご相談いただいた方にもお伝えします。
例えば、英語でcompanionshipという言葉がありますが、年をとっても一緒にいてくれる仲間、友人といった役割を結婚相手に期待するのであれば、通常、友達関係を維持するために必要なケアはパートナーに対しても心がけるべきでしょう。ふたりの人間で育むからリレーションシップになるのであって、自分だけの希望が常に通るわけではありません。
「とにかく一緒にいたいから結婚する」という感情で始まったカップルでも、時間とともに夫婦のどちらか(あるいは両方)がその意味について悩み始めることもあるかもしれません。結婚人生の思春期は、ミッドライフ・クライシス(中年の危機)にも通じるところがありそうです。
でも、今の結婚生活に対してモヤモヤしている人は、まず自分が何を求めているのか?ということを、世間体などは気にせずに自問自答してみると、意外と次へのステップが見えてくるのではないか、と感じました。